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2021.05.13

野口宇宙飛行士帰還!その時JAXA職員は?回収船乗船記

野口宇宙飛行士、無事帰還しましたね!

SpaceX Crew-1から搬出される野口宇宙飛行士 ©︎NASA

SpaceX Crew-1から搬出される野口宇宙飛行士 ©︎JAXA/NASA

野口宇宙飛行士の帰還に際して、実は多くのJAXA職員が現地で情報を収集し、国内に知らせていました。クルードラゴン宇宙船運用初号機(Crew-1)のハッチが閉められたところ、国際宇宙ステーション(ISS)から離脱したところ、再突入したところ、着水したところ、などなどなど・・・。そして、無事、野口宇宙飛行士が米国テキサス州ヒューストンにあるNASAのジョンソン宇宙センターに到着するまでを見届けたわけですが、実は今回、野口宇宙飛行士が乗るクルードラゴン宇宙船が回収された船にも野口宇宙飛行士を迎えるために日本人として初めて乗船し、帰還を見守っていた職員がいました!
スペースX社(SpaceX)の回収船、『Go Navigator』(ゴーナビゲーター)に乗船した樋口フライトサージャンと山方ヒューストン駐在員事務所員です。その乗船記をご紹介します!

■ まずはISSから帰還までの流れ
本題に入る前に、まずは野口宇宙飛行士を乗せたクルードラゴン宇宙船がどのように地球に帰還するかをざっくりと説明したいと思います。
まず、ISSから地球へ帰還するタイミングと場所の決め方について。
これはNASAとSpaceX社で他のロケットの打上げスケジュールやISSの状態、クルードラゴン宇宙船の状態、天候の状態などを踏まえて、「何月何日にISSから離れて、どこに帰還させるか」ということを決めます。
そしてこの帰還させる際の肝の一つが「天候」。
クルードラゴン宇宙船はフロリダを中心にメキシコ湾側もしくは大西洋側に帰還させることになるのですが、そもそもこのフロリダ周辺は、帰還に最適な天候というのがなかなか無い...風が強かったり、波が高かったり、しかも雨が降ったりという気候です。そのため、さまざまな気象データをもとに帰還させるのに良い条件の日と場所を探して、帰還を決定します。天気予報の精度は年々良くなっていっているものの、相手は自然。一週間先の予想、さらには数日、数時間後の予想が変わらないという保証はありません。(これが最初、4月28日帰還予定だったのに、5月2日へ変更となった理由です。)
そこで帰還する日と場所を決め、回収するスタッフを回収予定海域に配置するために48時間前、24時間前の天候判断を行い、クルードラゴン宇宙船がISSから離脱しても良いかを判断します。
そして、回収船を回収予定海域に配置してからも6時間前、2.5時間前、と常に天候を確認しながら帰還に備えます。
再突入が決まると、回収海域で待機していた船はクルードラゴン宇宙船が下りてくる地点に向けて移動。着水したクルードラゴン宇宙船を船に回収し、宇宙飛行士を運び出し、医学検査をしてからヘリコプターで近くの空港まで移動。
それから飛行士たちはヒューストンへ専用機で運ばれる、という流れです。

■ 回収船に向かう!
さて、いよいよ回収船についてですが、最初に港から回収海域へ向かうときにはNASAの職員もJAXAの職員も乗船しておらず、SpaceX社の職員が回収海域まで移動します。NASAとJAXAの職員はクルードラゴン宇宙船がISSから離脱することを確認してから、回収海域で待機している回収船に陸からヘリコプターに乗って移動します。使用するヘリコプターは2機。一機は宇宙飛行士たちをストレッチャー(担架)に寝かした状態で飛行するためのヘリ。そしてもう一機はISSで行われた実験のうち、速やかに輸送をしなければならない実験サンプルを乗せるためのヘリです。
回収船にはヘリが下りるヘリパッドが一つしかないため、それぞれが時間差で漆黒の闇に浮かぶヘリポートへ向けて飛行し、順番におりました。今回の着水は現地時間で5月2日になって間もなくでしたので、飛行中は終始闇の中。空港からだいたい40分飛行しましたが、飛び立ってから1分経たないうちに陸から離れ、スマホの電波も届かず、ヘリコプターの中も消灯するため、何も見えない状態が続きました)。

ヘリに乗って回収船に到着したときの様子 ©︎NASA

ヘリに乗って回収船に到着したときの様子 ©︎NASA

回収船に到着したのは着水約4時間前の23時頃(米国東部時間)、でした。

■ その時を待つ!
回収船上ではクルードラゴン宇宙船の回収に向けてSpaceX社のスタッフ全員が回収に向けて一切無駄な動きなく、テキパキと準備をしている姿が印象的でした。特に今回は夜間の着水というのもあり、先にスピードボートでクルードラゴン宇宙船へ向かったり、パラシュートを回収するメンバーはヘルメットに目印となるサイリウムライト(夜光塗料が入ったペンライトのようなもの)を取り付けたり、作業性を高めるためにヘッドライトを取り付けるなどを各々、黙々、淡々と進めていました。

SpaceX Crew-1の着水を待つ様子 ©︎NASA

SpaceX Crew-1の着水を待つ様子 ©︎NASA

そんな緊張感があふれる中、一通り準備ができ休憩をする時間になったときにみんなにひと時の"癒し"を与えてくれたのは野生のイルカたち。
回収船の外側に取り付けられた複数のLEDライトが海面を照らし、その光に集まってきた魚をめがけて気がつけば10頭くらいのイルカが船の左右や、後ろを跳ねまわりながら泳いでいました。
回収海域に到着し、待機している間は群れで魚群を囲むような行動をしたり、水族館のイルカショーのように飛んだりしている姿は印象的でした。
他にも海を渡っているツバメが休憩するため、船に乗ってきて、こればかりはみんな初めてだったのか、最初、飛んでいる姿をみた人たちが"こうもりか?"と話をしていました。

回収船の周囲を泳ぐイルカ ©︎NASA

回収船の周囲を泳ぐイルカ ©︎NASA

■ 時は来た!
そうこうしているうち、ついにこの時が来ました!船内の食堂のモニタからは管制室がクルードラゴン宇宙船の中にいる宇宙飛行士たちと交信をする音声が流れているのですが、そこに再突入に向けて最後の噴射が無事完了し、再突入を開始した連絡が入りました。
その音声をきっかけに回収船に先んじてクルードラゴン宇宙船へ向かうスピードボートとパラシュート回収船は着水地点に向かい一気に走り、待機。(回収船からはそれらが到着した様子が闇夜に浮かぶ小さな明かり、それこそ、蛍のような光に見えました。)
回収船にいるメンバーはみんな船首に集まり、暗い夜空を見上げます。

回収船の船首から見た着水地点はこんな感じでした ©︎NASA

回収船の船首から見た着水地点はこんな感じでした ©︎NASA

"そろそろソニックブーム(再突入するときの音の衝撃波)が聞こえるぞ!"という声が聞こえると一同、夜空を見上げながら耳を澄ませます。
すると何も見えない闇の中、"ドンッ!ドンッ!"と連続して2回の爆音が夜空に響きました!これを聞いて一同は感激の声!続けて甲板にいたメンバーからは"あそこだ!"という声が。
よく目を凝らしてみると、暗闇の中を空から降りてくる小さい緑色の光が見えます。
そう!パラシュートを開いてクルードラゴン宇宙船がゆっくりと海上におりてきている姿です!

左に並ぶ2つの中央寄りの光のちょっと右上に降りてくるクルードラゴン宇宙船がいます ©︎NASA

左に並ぶ2つの中央寄りの光のちょっと右上に降りてくるクルードラゴン宇宙船がいます ©︎NASA

■ 流れるような回収作業
いざ着水するとそこからSpaceX社のスタッフは一気に回収に向けて作業を開始。回収船は光をめがけながら、全速前進。この時、回収船はクルードラゴン宇宙船を目指しながらサーチライトで海上を照らし、パラシュートが格納されていたカバーが落ちていないか(浮いていないか)など、気を付けながら進みます。
クルードラゴン宇宙船が回収できる地点に到着すると、回収船は向きを180度変えます。しかし、ただ単純に向きを変えるわけではないのです。クルードラゴン宇宙船に溜まっているであろうハイパーゴルという推進剤が漏れて回収船内に吹き込まないように、事前に風向きを確認したうえで、船首を風上に向け、ゆっくりとバックをしながら浮いているクルードラゴン宇宙船に近づきます。
そして、回収できる距離まで近づいてからの作業もまた素早いものでした。
クルードラゴン宇宙船をウィンチにつなぎ、Dragon's Nest(ドラゴンズ・ネスト:龍の巣)と呼ばれる台座にやさしく乗せます。
Dragon's Nestに安置されたクルードラゴン宇宙船はそのまま、乗っている宇宙飛行士を運び出せるように船内中央部まで移動。
前回の試験飛行であったDemo-2(デモ2)で宇宙飛行士たちを運びだす際に手間取った推進剤の抜き取りも、今回新たに開発した"Supersucker"(スーパーサッカー)という掃除機のような装置を取り付け、あっという間にクルードラゴン宇宙船のハッチを開けられる状態となりました。

クルードラゴン宇宙船の頭の部分の四角い箱が

クルードラゴン宇宙船の頭の部分の四角い箱が"Supersucker"スタッフは防毒マスクを着用 ©︎JAXA/NASA

安全な環境になったことを確認したスタッフは防毒マスクを外し、ハッチを開けます。
まずは医師が船内をのぞき込み、宇宙からの長旅を終え、約5か月半ぶりに重力を感じている宇宙飛行士たちに声を掛けます。医師が4人の宇宙飛行士が元気であることを確認。
すると、今回一緒に旅をしたNASAの公式カメラマンがクルードラゴン宇宙船に入り込み、道中、"宇宙飛行士が帰還して最初に指を立てている写真を撮りたいんだ"と話していた写真を撮影。その時の写真がこの一枚。(船上からNASAのFlickrへ写真をアップする際の彼の喜んだ表情は忘れられません。)

ハッチを開けた直後の一枚、とても良い笑顔です! ©JAXA/NASA

ハッチを開けた直後の一枚、とても良い笑顔です! ©JAXA/NASA

撮影が終わるとそのあとは宇宙飛行士を一人ずつ運び出し、それぞれ医学検査をするために個室へ移動します。
通常、長期間重力がほとんどない空間にいると地上に戻ってきてすぐは自分で立ち上がり、歩くこともままならないのですが、最初に出てきたマイケル・ホプキンス宇宙飛行士は自分の足で立ち上がり、そのまま医学室へ。続けて運び出されたビクター・グローバー飛行士も出てきてから立ち上がる。この様子を一緒に見ていたNASAのメンバーは"すごいな..."と驚いていました。
続く、シャノン・ウォーカー宇宙飛行士、野口宇宙飛行士はちゃんと(?)ストレッチャーに運ばれ、医学検査へ向かいました。

ストレッチャーに乗る野口宇宙飛行士。これが

ストレッチャーに乗る野口宇宙飛行士。これが"普通"の宇宙から帰った人です ©JAXA/NASA

その後、医学検査を終えた宇宙飛行士たちはそれぞれ担架に乗った状態でエレベータから3階のヘリパッドで待つヘリコプターへ運び込まれ、フライトサージャンとともに空港へ向かいます。
今回、着水地点がフロリダ州のペンサコーラ沖であったことから、ヘリコプターが着陸する空港は同州のペンサコーラにある米軍基地。
そこから今度はNASAの専用機"Gulfstream V"(ガルフストリーム ファイブ)に乗り換え、約1時間半のフライトでテキサス州のヒューストンにあるエリントン・フィールド空港へ到着し、NASAジョンソン宇宙センター内にある施設で健康状態の確認などを行います。

■ 回収船からヒューストンへ
さて、次は回収船に残ったメンバーはどうするか?ということをお話ししましょう。
宇宙飛行士たちが飛び立った後、残りのメンバーはもう一機のヘリコプターが到着するまで船内でしばらく待機します。
宇宙飛行士たちが飛び立つときはまだ真っ暗でしたが、次に迎えに来てくれたヘリコプターが回収船に到着したのは夜が明け始めつつある5時半頃。
到着したヘリにまずは宇宙から持ち帰られた各種実験サンプルが搭載され、それらと一緒に残りのメンバーも回収船を離れます。
ヘリコプターが回収船を離れるときは6時頃。夜も開けて天気の良い中、残りのメンバーも宇宙飛行士たちが到着したのと同じ、ペンサコーラの米軍基地に向かいました。

飛び立ったヘリから見る回収船 ©JAXA

飛び立ったヘリから見る回収船 ©JAXA

ちなみに、残りのメンバーはどのようにヒューストンへ戻ったか?
我々をヒューストンからフロリダまで運んでくれたGulfstream Vはいません。そのため、自力でヒューストンまで帰らなければなりません。
ということで、まずは米軍基地から宿泊先まで移動し、チェックアウト。その後、ペンサコーラ空港へ移動し、ヒューストンへと戻っていきました。
5月2日未明にクルードラゴン宇宙船が着水することが決まってから4月30日の午後にフロリダ州ペンサコーラに向けて移動開始。
天候判断を確認しながら5月1日の午後7時~回収船に向けて出発。
宇宙飛行士たちの帰還を見守り、ヒューストンの空港へ到着したのは5月2日の正午前でした。
短期ではありましたが、とても多くのことが起こった濃い時間。みんな安堵の表情を浮かべながら空港から各々自宅へ向かい、野口宇宙飛行士を乗せたクルードラゴン宇宙船の回収の旅は終わりました。

今回の野口宇宙飛行士のミッションは日本人として初めて商業宇宙船に乗り、しかも2011年にスペースシャトル以降、約11年ぶりにアメリカの大地から再びISSに向かい、再びアメリカに帰還する、という日本として新たな有人宇宙開発に関していろいろと学ぶことができたとても貴重な機会でした。
日本人宇宙飛行士が安全・確実に打ち上り、ISSでのミッションを確実に実行し、無事に帰還してもらうため、宇宙飛行士の活動の裏には多くのJAXA職員が存在しています。
今回の記事はそんな舞台裏のうちのほんの一部である回収部分をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?

■ 回収船乗船メンバーの紹介
樋口 勝嗣(ひぐち まさつぐ) フライトサージャン(宇宙飛行士専属の医師)
野口宇宙飛行士が宇宙へ上がる前から宇宙にいる間、そして地球に帰還してからリハビリを終えるまで専属で健康状態を見守り続けるお医者さん。日本人として初めて野口宇宙飛行士を迎えるために『Go Navigator』に乗船した人。
山方 健士(やまがた けんじ)
JAXAヒューストン駐在員事務所の所長代理。野口宇宙飛行士が搭乗するクルードラゴン宇宙船に関して情報を収集し、国内と連携をしながらミッションの成功に尽力。以前、ISSに関する広報を行っていた経験などから今回、広報担当として今回『Go Navigator』に乗船。日本人として二番目に野口宇宙飛行士を迎えるために『Go Navigator』に乗船した人。